
日本人の幅広い世代が悩む腰痛。
かつては全体の85 %と、ほとんどが原因を特定できず「腰痛症」などと呼ばれていました。
しかし、近年では画像検査や神経ブロック注射といった技術の進歩によって、78 % の原因部位が特定できる*1 ようになりました。
症状や部位から見た腰痛の原因はさまざまですが、その多くは腰まわりの骨や筋肉、神経のトラブル。
これらに悪い姿勢が重なると、さらに腰痛が起こりやすくなります。
とはいえ、腰痛の多くは深刻になることはなく、3 週間ほどで改善することがほとんど。
腰痛を防ぐための第一歩は、日常生活を振り返って痛みを起こす原因を見つけることです。
昨今では腰痛は単に「重いものを持ったから」だけではなく、さまざまな要因がからみ合って起こることが
わかってきています。
普段から“自分がどんな時に腰痛が起きやすいか” を観察して、リスクを減らすことで腰痛を繰り返さないように
うまく付き合っていきましょう。
痛みと人のメンタルはお互いに影響を与え合っていて、ストレスによっても腰痛は悪化します。
また、痛みが3 カ月以上続く“ 慢性痛” になると、動作に支障があるだけでなく、心理的な負担が加わって
より痛みが強くなったり、抑うつなどの精神症状につながることも。
そのほか強い痛みが長引く時は、危険な病気が隠れていることもありますから、必ず病院に行って適切な診断と治療を
受けることが大切です。
*1 Suzuki H,et al Plos One,2016
野尻 英俊先生
順天堂大学医学部附属順天堂医院 脊椎脊髄センター副センター長 整形外科学講座先任准教授
専門は脊椎変性疾患、脊柱変形。
日本整形外科学会認定整形外科専門医・日本脊椎脊髄病学会認定脊椎脊髄外科指導医ほか。
2019年より順天堂医院脊椎脊髄センターに勤務。
整形外科医・脳神経外科医と協働し、幅広い脊椎脊髄疾患の診断と治療にあたっている。
現代人の腰痛の多くは、姿勢の悪さからきています
腰痛の原因は「歳のせい」や「筋力不足のせい」だけではありません。
もちろん、老化がもとで発症する腰痛もありますが、若くても腰痛がある人、お年寄りでも腰痛がない人もいます。
実は、現代人の腰痛の原因の多くは、姿勢の悪さにあると言われています。
なかでも代表的なものが、猫背姿勢に代表される「前かがみ姿勢」と、悪い立ち姿勢などからくる「反り腰姿勢」。
背骨は小さな骨(椎骨)が積み重なってできていて、その間には椎間板と呼ばれるクッションがあり、骨の中には神経(脊髄)が通っています。
その周りを筋肉や靭帯が包み込むようにして、骨格を支えているのです。
悪い姿勢が続くと、骨やクッションがズレて周りを傷つけたり、それに伴って炎症や筋肉のエネルギー不足が起こったりして、痛みが出ます。
一般的に「前かがみ姿勢」の人は背骨のおなか側、「反り腰姿勢」の人は背骨の背中側に負担がかかって痛む
ケースが多く見られます。


腰痛は長引かせないことが肝心です
先ほどお話したように、今は腰痛の多くの原因が特定できます。
強い痛みが3 週間以上長引いたり、脚までしびれや痛みがある場合は、日常生活やメンタルにも影響が
ありますから、まず病院で診断を受けてください。
その場合、どんな病院に行けばよいか。
骨や筋肉、神経までをまんべんなく診てもらう必要があるので、脊椎脊髄病の専門医*2 がいる病院が
おすすめです。
原因が骨・筋肉のトラブルなのか、神経なのかでは症状や対処法も異なりますから、より的確な診断・治療を受けることが改善への近道だと言えます。
接骨院や整体では筋肉のマッサージや関節の状態を整えて症状を和らげますが、効果がなかったり持続しないのであれば専門医に相談しましょう。
*2 背骨とその神経の疾患を総合的に診る「日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医」が探せるサイト
https://www.joa.or.jp/public/speciality_search/spine.html
よく聞く「ぎっくり腰」「椎間板ヘルニア」なぜ起こる?
重いものを持ち上げた時などに、急に起こる強い腰の痛みが「ぎっくり腰」(急性腰痛症)。
強い負荷によって腰の一部が傷つき、炎症が起きた状態です。
基本的に3カ月以内に回復しますが、動けないほど痛い場合はしばらく安静にするか、少しでも動かせそうなら、動ける範囲で日常生活を続けるほうが治りが早くなると言われています。
またぎっくり腰は、日常生活で腰に負担がかかるほど起こりやすくなります。
普段からよい姿勢を心がけたり、ストレッチなどの軽い運動を取り入れて、腰まわりのコンディションを
整えておくことが予防につながります。
一方で、骨のクッションの役割を果たす椎間板が負荷によってつぶれ、中の組織が飛び出して神経を刺激して
しまうのが「椎間板ヘルニア」です。
慢性化すると強い痛みや下肢のしびれが出ることもありますから、早めに治療を。
治療には、痛みや炎症を抑える薬、局所的に痛みを抑えるブロック注射、慢性化した場合は飛び出た組織を
薬で小さくしたり、手術を行う方法などがあります。


すぐに病院へ!“危険な腰痛”のサインとは?
腰痛の中には、がんや感染、骨折など、重大な病気が隠れていることもあります。
特に「レッドフラッグ(赤信号)」と呼ばれる要注意サインの代表は、
「じっとしていても痛みが続く」「痛みが3 週間以上続いている」「下肢の痛みやしびれがある」の3 つ。
そのほか腰痛の発症年齢が20 歳以下・55 歳以上の人や*3、がんやステロイド治療の経験があったり、
胸の痛みや体重減少、発熱がある場合も注意が必要です。
具体的にはがんの転移、感染性の脊椎炎、膵臓・腎臓などの内臓疾患のほか、大動脈解離といった命に
かかわる病気が合併していることもあります。
これらのサインや条件があてはまる場合は、すぐに病院へ行きましょう。
*3 20 歳以下は脊柱変形、55 歳以上は椎体骨折など特定の疾患リスクが高まるため
子どもも腰痛!? その原因は、運動不足から
昨今では、子どもの腰痛も注目されています。
その原因として考えられるのは、スマホやタブレットの利用が増えたことや、コロナ禍などで外で運動する
機会が減ったこと。
日光には骨や筋肉の発育にかかわるビタミンDを活性化させる働きがあるのですが、
日光と運動量がともに不足することで、体を支える骨や筋肉、関節、運動神経などの機能が低下して、
腰痛が起こりやすくなると考えられます。
近年では、運動機能が落ちて歩行などの日常生活に支障をきたす「ロコモ」が高齢者の問題として注目されていますが、最近はロコモの若年化も問題になっています。
ロコモ予防に大事な要素のひとつが、骨の強さ。
骨密度は20 歳前後をピークに減少し、特に女性は閉経によってガクンと減ってしまいます。
ですから子どもの近くにいる大人にぜひ見守ってほしいのが、幼少期から外遊びやバランスのよい食事を心がけて、骨密度のピークを迎える20 歳ごろまでに、体の土台をしっかり作っておくこと。
それが、将来のロコモ予防にもつながるのです。


腰痛の予防法は猫背か反り腰かで違う
腰痛を防ぐための基本は、長時間の同じ姿勢や作業を避けて、腰に負担をかけない姿勢や動作を心がけることです。
セルフケアのコツは、「一定の時間が経ったら、別の筋肉を使うようにする」こと。
長時間立っていたら座る、座っていたら立つ、猫背なら腰を反らす、反り腰なら前にかがむといった動きを取り入れると、負荷を軽減できます。
また、すでに痛む時の対策は、「痛みがないほう、楽になるほうに動かす」が基本。
普段から猫背ぎみの人はおなか側の背骨、反り腰ぎみの人は背中側の背骨に負担がかかって痛みが出やすく、
骨や筋肉のバランスに左右差がある人は、左右どちらかが痛むことも。
いずれも痛みと逆方向にストレッチすると、痛みが楽になるはずです。
そのほか、運動の習慣は骨や筋肉、神経の機能を高め、バランスを保つことにもつながります。
骨折などの「危険な腰痛」をのぞいて、腰痛は基本的に適度に動くほうが回復も早くなると言われていますから、水泳やウォーキングなど、ゆるやかな運動を取り入れましょう。


インタビュー実施日|2024年8月29日
取材・執筆協力|渡辺満樹子
イラスト|中山信一